「タクくーん、チミはボカロって知ってるかね?」

 幼なじみの奏(かなで)のその一言でこの物語ははじまる。
 土曜の朝、奏はいつものようにボクのうちに来るなり、そんなコトを言い出したのだ。

「てかさ、ドア叩けよ。つーか勝手にうちに上がりこむな!」
「ハイハイ。んで、知ってるの?ボカロ」
「ボカロってボーカロイドのこと?ま、まあ名前は知ってるケド……それがなにか?」
「今度やんなきゃいけなくなったんでお願いね!」
「はい?」
「ボカロ」
「……いや、イロイロと話が見えないんだケド……」
「いーの、いーの!ウチも分かんないんだから!」

 ボクの名前は坂井拓人(さかい たくと)。自己紹介で趣味は?と聞かれると、音楽鑑賞とか映画鑑賞とか言ってしまう、まあ、よくいる普通の高校生だ……たぶん。
 そして今現れた奏というのは三軒先に生息する幼なじみの向井 奏(むかい かなで)で、彼女も一緒の高校に通っている。性格はというと、純粋というか間が抜けているというか、アホというか、よく言えばお人好しで、とにかく人にモノを頼まれると断ることができない。まあ、似たもの同士って言われてるからボクもそんなトコロがあるのかもしれない。だからなのか、昔から奏が引きうけてくるゴタゴタに巻き込まれることが多かった。
 はたして、今回もそのたぐいだった。しかし……

「え!華音(かのん)さんて、あの?」
「そそ。あの学園アイドル華音タンたってのお願いなのよ~二へへへへ~」

 華音さんというのは、本名、蒼井華音(あおい かのん)と言って、読者モデルなんかもしている学園のアイドル的存在だ。彼女のまわりには似たような連中、つまりはお金持ちの息子だったりモデル活動している子なんかが集まっていて、近寄りがたい雰囲気を出している。もちろんボクなんかは話したことはなく、言わば高嶺の花だった。その華音さんから奏が『ボカロのコンテストがあるので協力して』って頼まれたというのだ。いくら奏が華音さんと同じクラスだからって「本当?」って疑ってしまったが、さらに「いいけど自分じゃできないのでタクくんに言えば大丈夫!」と言ったらしい。何が大丈夫なんだよ!

 それに……
「そーなんよ~華音タン優勝しなくちゃ降ろされちゃうCMのコンテストがボーカロイドなんだって!」
「…………」
 いつもどおり、奏の話は支離滅裂でてんで意味が分からなかった。
「つまり、ボーカロイドを使った曲のコンテストがあって、それで優勝しないとCMの仕事から降ろされちゃうってコト?」
「そーそー」
 そんな話あるわけない。まとめてみたところで意味は分からなかったけど、その後の奏の一言でそんなコトはすっ飛んでしまった。

「え?なに?もう一度言って」
「もー!タクくんてば、いつも間が抜けてるんだからぁ~~~だからこれから華音タンがココに来るんだって言ってるっしょよ」
「え?えええええーーーーっ!い、今から?」
「うん」
「ココに?」
「そよ」
「な、な、なんで奏はそんな落ち着いてお茶すすってるんだよ!」
「フニ?タクくんはなんで慌ててるの?いつもウチが来る時は、なんのお構いも致しませんで申し訳ありませんな感じじゃない」
「奏は勝手に上がりこんでお茶いれてお菓子開けて自分で食ってんだろーが!一緒にすんな!」
「フニィ~ あ!そ~いえば!」
「こ、今度はなんだよ!」
「お茶っぱもう少しで切れるわよ。ママたんに言わなくちゃ!」
「オーマーエーなあーっ!」

 キキキーッ

 そんな時、家の外で静かに車の止まる音がした。ボクのうちは田舎……じゃなかった閑静な住宅街なので車通りはほとんどないからすぐに分かった。

「あ、来たみたいよ?華音タン」

 ボクの部屋は二階の道路側だった。奏はどこから出したのか、せんべえを咥えたまま小動物のような動きをして、あっという間にカーテンに貼りついていた。奏の肩越しに目をやると、たしかに家の前に車が見えた。高級そうな黒い車だ。

 カ チ ャ ッ

 運転手らしき人物が後部座席のドアを開けると、スラリと白い足が現れた。少し遅れてもったいつけたように栗毛色の髪がフワリと風に舞うと、美しい少女が舞い降り、コチラを見上げた。

「か、華音さん……」


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