「カナ?……誰だっけ?」

  カナ……たしかに知っている。知っていることは分かるが、記憶がモヤに包まれたように、それ以上思い出すことが出来なかった。

「ほら!華音タンといい、タクくんといい、なんで忘れるかなあ~それが逆にウチには分かりまへんのどすえ」
「な、なんだよ、どすえ~って」
「そんな話しはどーでも、どーでも、どーでもいいですとよ!」

 奏が言葉遣いがヘンになる時、いや、いつもヘンではあるが、さらにヘンになる時は本当に怒ってる時だ。ボク、何かした?

「ウチとタクくんとカナたんと、あと時田の四人でよく遊んだじゃない!小学校の頃」
「おー時田!懐いなあ~アイツ、中学から私立行っちゃったからなあ~」
 そうだ、小学校のまだ低学年の頃は、その前から近所だった奏と時田とよく遊んでいたっけ。
「時田じゃないっしょよ!今は!カナたんのコト……」
 奏はボクの顔を覗きこんで、また悲しそうな顔をした。
「そんなに好きだったんだね……それで、ムリヤリ忘れようとしてるんだね」
「え?何のこと?」
 だがしかし、そのくらいのことしか思い出せない。カナ……たしかにもう一人居た気はする。
「もー知らない!ウチ、帰る」

 奏はその小柄な体を精一杯大きく見せようとでも言うように両腕を広げ、足をガニ股にしてズンズンと去って行ってしまった。その滑稽な格好も今日はなんだか寂しげだった。

「奏……」
 どんどん小さくなってゆく奏の後ろ姿を目で追っていると、ふと頬に冷たいモノを感じた。
「え?な、なんで泣いてるんだ?ボク……」
 ボクはいつの間にか泣いていたのだ。……心は平穏そのものなのに……
 カナ……カナ……カナ…………
「ウッ ウッ ウッ カナ……カナ……」
 カナという名前を思い出そうとするたび、こみあがる感情に涙があふれ出した。

「んじゃ今日レッスンだから先帰るねえ~」

 その時、ちょうど華音さんが廊下のカドを曲がり、突然ボクの目の前に現れた。

「え?タックン!」

 突然のコトに驚いたのか、声を上げた華音さんの顔はいつもの張りつめた雰囲気じゃなくて、なんだかとても柔らかだった。

「カ……ナ……?」

 頭の中のリフレインが溢れだしたのか、ボクも思わずそうつぶやいた。

「聞いてた……の?……今の……」
「ん……あ……ああ……まあ……」
「そう……じゃあ、もうおしまいね……」
 華音さんは少し悲しそうな顔をした。
「え?」
 ボクは自分が泣いているのを思い出し、涙を拭った。
「あ、これ?これは何でもないんだ……」
 しかし、それを見て華音さんはすこしうつむきながら、呪文のように声にならない言葉をつぶやいたあと、もう一度深くうなずき、顔を上げた。すると、そこにはすでにいつもの華音さんがいた。

「いいわ。私は私でなんとかする。今まで通り、ひとりでね」
「華音さん……」
「そう、それに私はカナじゃないわ。華音。蒼井華音よ。もう間違わない」
 そう言い放って、華音さんは歩き去ってしまった。


 金曜日、旧視聴覚室に行くと、華音さんの姿はなかった。

「あれ~どうした?お前ら暗いなあ~部長は?」
 北田先生はいつもどおり、うそ臭い明るさだった。
「学校お休みだそうです」
 華音さんと同じクラスの奏が答えた。奏も元気が無い。
「そ、そうか……それならしょうがないなあ。発表は後日にするか?」
「ええ……ボクもまだ、何も出来ていませんし……」
 同じようにボクも元気なく返事をした。
「そ、そうか。まあインターバルも必要ってことだな。じゃ、まー来週あたりにまた再開ってコトで解散!」
 そう言って北田先生は帰っていってしまった。
 ボクはノートPCを机においた。

「奏はどうするんだ?」
「うん……もう少しここにいる」
「そか。ま、あんま遅くなるなよな」
 そうしてボクも旧視聴覚室を後にした。



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