青春ボーカロイド!【完結】

ボーカロイドをとりまく高校生達の青春ラブロマンス。動画投稿サイト(ニコニコ動画&YouTube)とのひとりメディアミックス実験作品。

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01.突撃ボーカロイド!

「タクくーん、チミはボカロって知ってるかね?」

 幼なじみの奏(かなで)のその一言でこの物語ははじまる。
 土曜の朝、奏はいつものようにボクのうちに来るなり、そんなコトを言い出したのだ。

「てかさ、ドア叩けよ。つーか勝手にうちに上がりこむな!」
「ハイハイ。んで、知ってるの?ボカロ」
「ボカロってボーカロイドのこと?ま、まあ名前は知ってるケド……それがなにか?」
「今度やんなきゃいけなくなったんでお願いね!」
「はい?」
「ボカロ」
「……いや、イロイロと話が見えないんだケド……」
「いーの、いーの!ウチも分かんないんだから!」

 ボクの名前は坂井拓人(さかい たくと)。自己紹介で趣味は?と聞かれると、音楽鑑賞とか映画鑑賞とか言ってしまう、まあ、よくいる普通の高校生だ……たぶん。
 そして今現れた奏というのは三軒先に生息する幼なじみの向井 奏(むかい かなで)で、彼女も一緒の高校に通っている。性格はというと、純粋というか間が抜けているというか、アホというか、よく言えばお人好しで、とにかく人にモノを頼まれると断ることができない。まあ、似たもの同士って言われてるからボクもそんなトコロがあるのかもしれない。だからなのか、昔から奏が引きうけてくるゴタゴタに巻き込まれることが多かった。
 はたして、今回もそのたぐいだった。しかし……

「え!華音(かのん)さんて、あの?」
「そそ。あの学園アイドル華音タンたってのお願いなのよ~二へへへへ~」

 華音さんというのは、本名、蒼井華音(あおい かのん)と言って、読者モデルなんかもしている学園のアイドル的存在だ。彼女のまわりには似たような連中、つまりはお金持ちの息子だったりモデル活動している子なんかが集まっていて、近寄りがたい雰囲気を出している。もちろんボクなんかは話したことはなく、言わば高嶺の花だった。その華音さんから奏が『ボカロのコンテストがあるので協力して』って頼まれたというのだ。いくら奏が華音さんと同じクラスだからって「本当?」って疑ってしまったが、さらに「いいけど自分じゃできないのでタクくんに言えば大丈夫!」と言ったらしい。何が大丈夫なんだよ!

 それに……
「そーなんよ~華音タン優勝しなくちゃ降ろされちゃうCMのコンテストがボーカロイドなんだって!」
「…………」
 いつもどおり、奏の話は支離滅裂でてんで意味が分からなかった。
「つまり、ボーカロイドを使った曲のコンテストがあって、それで優勝しないとCMの仕事から降ろされちゃうってコト?」
「そーそー」
 そんな話あるわけない。まとめてみたところで意味は分からなかったけど、その後の奏の一言でそんなコトはすっ飛んでしまった。

「え?なに?もう一度言って」
「もー!タクくんてば、いつも間が抜けてるんだからぁ~~~だからこれから華音タンがココに来るんだって言ってるっしょよ」
「え?えええええーーーーっ!い、今から?」
「うん」
「ココに?」
「そよ」
「な、な、なんで奏はそんな落ち着いてお茶すすってるんだよ!」
「フニ?タクくんはなんで慌ててるの?いつもウチが来る時は、なんのお構いも致しませんで申し訳ありませんな感じじゃない」
「奏は勝手に上がりこんでお茶いれてお菓子開けて自分で食ってんだろーが!一緒にすんな!」
「フニィ~ あ!そ~いえば!」
「こ、今度はなんだよ!」
「お茶っぱもう少しで切れるわよ。ママたんに言わなくちゃ!」
「オーマーエーなあーっ!」

 キキキーッ

 そんな時、家の外で静かに車の止まる音がした。ボクのうちは田舎……じゃなかった閑静な住宅街なので車通りはほとんどないからすぐに分かった。

「あ、来たみたいよ?華音タン」

 ボクの部屋は二階の道路側だった。奏はどこから出したのか、せんべえを咥えたまま小動物のような動きをして、あっという間にカーテンに貼りついていた。奏の肩越しに目をやると、たしかに家の前に車が見えた。高級そうな黒い車だ。

 カ チ ャ ッ

 運転手らしき人物が後部座席のドアを開けると、スラリと白い足が現れた。少し遅れてもったいつけたように栗毛色の髪がフワリと風に舞うと、美しい少女が舞い降り、コチラを見上げた。

「か、華音さん……」


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02.突然美少女

 美しすぎる女子高生、蒼井華音さんの突然の訪問に驚いて、すっかり固まってしまった母親をリビングに残し、とりあえずボクの部屋に移動した。母さん、その気持ち、よく分かるけどお茶くらい運んでよね。奏とは違うんだからさ……
 すると華音さんは立ったままどちらにでもなく話しかけた。

「ふーん……コレが例の彼?」

 カーキ色のコートに長めのチェック柄のマフラーもしたままだった。

「や、やっだー!もう!こんなの彼氏なんかじゃなくて、よくいるただのご近所さんですよん!」
 奏はなぜか、バタバタしながら全力でボクの肩を叩いてきた。なんでボクが叩かれる?彼氏とか言ってないしさ。
「痛い!イタイイタイよ、もう!」
 慌ててボクが椅子に座ろうとすると、華音さんはチッと口を鳴らした。
「あ、あああああ~~~!どうぞどうぞ、ココ座ってください」
 ボクがよけるとハンカチを取り出し、椅子の上にひいてから華音さんはそこに座った。
 仕方がないのでボクはベッドに腰掛けた。すると……
「ちゅどーーーんっ!」
 奏が突撃して隣に座り込んできた。
「なんて声だしてるんだよ!ハズカシイからヤメなよ」
「ナニが?いつものコトじゃない」
「い、いつものコトじゃないだろ!それに華音さんの前じゃないか!」
「うにぃ~ なに?色気づいちゃってる感じなの?」
「ウッサイ!」
 華音さんの登場でただでさえ緊張しているのに、なぜだかいつも以上に奏がジャレてきて正直少しウザかった。
「仲がイイのね。それで?どうなの?」
 どうなの?とはもちろんボーカロイドの件だろうとは思ったけれど、コッチもなんのことか分からないので、あらためて華音さんに聞いてみた。
「あ、あの……コ、コンテストがあるんですか?」
「コンテスト?まー発表は発表だけどね~流してもらうだけよ。全国区だけどね」
 予想通り、奏の言ってることは間違っていたらしいけど、全国区の発表と聞いてボクの思考は停止した。
「そ、そんなの……ムリなんですケド……」
 すると華音さんはまるでグラビアのひとコマのように微笑んで

「貴方しかいないの。オ・ネ・ガ・イ」

 とウィンクした。
 数秒、息を止めたあと……
「…………ハ、ハイ。可能な限りガンパリマス」
 たからボクは快諾してしまった。しょうがないよね?ボクだって男だもの。
「じゃ、お願いね」
 華音さんはあっという間に真顔に戻るとサッサと部屋から出ていってしまった。
「あ、あの……でも、ソフトとか持ってないです……」
 後を追いかけて車に乗り込む寸前の華音さんの背中に向かって言うと
「大丈夫、月曜の放課後に旧視聴覚室に来てちょうだい」
 華音さんは振り向きもせず、それだけ告げ、去ってしまった。
「華音タンも恥ずかしがりやさんだな~ん」
 ボクのサンダルをつっかけて奏も出てきた。新しいせんべえを咥えている。

「しかし、なんで奏なんだ?こんな機械音痴に声かけてもムダのような……」
「親友だからじゃないの?」
「親友?奏と華音さんが?親友ってより珍獣って感じだろ?奏はサ」
「珍獣?ナニソレ、強いの?」
「強いよ強い。最強クラスだよ奏は」
「ヤッターっ!」
「……アホさでな」
「にゅ?なんかゆーた?」
「何でもないよ、それより月曜か…………」


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03.設立!ボカロ部

『周波数領域歌唱調音接続法研究部』
(Frequency-domain Singing Articulation Splicing and Shaping Club)
 ー部外者ノ立入リヲ禁ズー

 言われたとおり月曜の放課後に旧視聴覚室の前に来ると、扉にはそんなパネルが貼ってあった。旧視聴覚室は昨年建て替えられた校舎に新しいのがあるので今は使われていない教室だった。

「周波数領域歌唱調音接続法研究部?なんだソリャ」
「いーから入る、入るぅ~」
 奏はもちろんのごとくパネルの文字など読んでいなかった。読んだところで理解はできないのだろうけど……
「や、でも部外者立ち入り禁止ってなってるじゃんか」
「え?タクくん部外者なの?ウチは部内者ーだから入るぅ~!んじゃねえー」
「んじゃねえーじゃねーし!よくわからないけどボクも入るよ!」

 部屋に入ると、中にはすでに華音さんがいた。カーテンは閉められていて薄暗い室内の机の上にノートパソコンと幾つかのソフトウェアのパッケージが並べて置いてある。

「あ、VOCALOIDだね」

 実際、ボクはVOCALOIDに興味はあったケド、それを買う資金が無かった。いや、VOCALOIDだけならなんとかなるのだろうけど、曲を作るとなると、他にも打ち込み用のソフトがいるのだ。それが高くてボクには手が出せないでいた。

「これって……華音さんの?」
「ん?まあ、ワタシが買って周波数領域歌唱調音接続法研究部に寄贈したのよ」
「ああ~…………で、周波数領域歌唱調音接続法研究部って……何?」
「あら、周波数領域歌唱調音接続法を知らないの?ボーカロイドの音声合成技術のことよ。ココはそれを研究する部活ってこと。ま、ボカロ部って登録しようとしたらダメって言われたからこんな名前にしたんだけどね」
「へえ~華音さんって物知りなんだねえ……じゃなくて、ボカロ部?」
「そうそう。手狭な貴方の家でやるより学校のほうが何かと都合がいいでしょう?ここなら人目につかないし」
「は、はあ……まあ……」

 コツン コツン

 VOCALOIDにまったく興味が無いのか、奏はいつの間にか部屋の奥にいた。そこには奇妙な人形?が座っていた。学ラン姿にヘルメットのような仮面を被っている人形だ。

「ボカロ部だからこんなロボットみたいなの飾ってるのね!」

 その頭を奏が叩いたのだ。

「あ、奏チャンダメよ。ヒトの頭を叩いたりしちゃ」
「へ?ヒト?」
「ちょうどいいわ。ボカロ部の部員紹介をしましょう。部長はもちろん私、蒼井華音。で、部員が奏チャンと拓人くんと……そのトーマくんの四名よ」
「え?」
 ボクと奏は顔を見合わせた。人形だと思ってたのが部員だというのだからだ。
「部を立ち上げるのには四名必要だって言うからね。口が硬そうな彼に協力してもらったのよ」
 ボクは華音さんのその言葉で、コレはダミー人形なんだと思った。四名いるように見せかけるための……だから、それ以上トーマくんのことをツッコむのはやめておいた。

「うひょー トーマくん?トーマくんって言うんだぁ。カックイーーーっ!」
 しかし、奏は物珍しそうに仮面の中をのぞき込んだり、勝手に肩を組んで写真を撮ったりしていた。
「奏……」
「ナニナニ?ナニなの?」
「いや、その人はさ、そっとしておいてあげなよ。ほら、なんか考え事してるみたいだし」
「え?トーマくん、そ~なの?」

「ハ……イ」

 するとなんと、そのトーマくんは返事をした。
 が、それはかなりベタなロボットボイスだった。

「あー、その子変わってるからさ、基本的に放置しておいてあげて。何だっけ……たしかダフト・パンクっていうグループのファンなんだってさ。っても、それ、なんだか知らないんだけどねぇワタシ」
「なるほど……」
 ダフト・パンクって……たしかお面を被った二人組のエレクトロユニットだ。なるほど、そういう設定なんだなトーマくん。しかし、華音さんって凝り性だ。

「で?いつ出来る?明日?」
「へ?ナニが?」
「曲よ!」
 華音さんはカタカタとカカトを鳴らしながら言った。
「そ、そんなスグには無理だよ」
「じゃ、いつなら出来るの?発表は今月の末なのよ?」
「え!そ!そんなに時間が無いの?」
「そーよ!」

 どうやら華音さんというのが強引な性格だ、ということは分かってきた。






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04:顧問ティーチャー北田


「お?ココか?何だっけ……絶対領域研究部は」

 ボクが唖然としていると扉が開いた。その時、部室(視聴覚室)に化学の先生が入ってきたんだ。

「あれ?どーしたんです?えーと……タキダ……」
「北田だ!どーしたもこーしたも、俺はこの部の顧問だ」
「へ?」
「部活には顧問の先生が必要です!北田先生まだ何もしてませんよね?じゃ、お願いします。って教頭に押しつけられたんだよ!ったく」
 どうやら無理やり押し付けられたアピールをしたいようだ。
「は、はあ~なるほど……」
「それで何の御用です?」
「ちゃんとした活動をしているかチェックして報告しなくちゃなんだよねえ。ボクだって面倒だけどしょうがないだろ?」
「はい、じゃあもういいでしょ、お帰りください」
 華音さんは、どうにも先生が邪魔なようだった。
「そーはいかないなあ、君の設立要望書によると第一の活動は今月末の発表とある」
「それが何か?」
「知っての通り、部活動とは部員全員の参加が必要条件だからさ。そのように進められてるかチェックしろと言われているのだよ。教頭に!」
「チッ」
 華音さんはまた、つまらなそうな顔で舌を鳴らした。
「で?どんな具合だい?」
 北田先生の視線を無視して、華音さんは僕を睨んでいる。どうやら僕に何とかしろ、ということらしい。
「え、ええと……い、今、曲作りのため……作詞と作曲の分担をしようとしてて……」
「なるほど……で?決まったの?というかテーマは?」
 空気を読まないのか、読めないのか、北田先生は華音さんの苛立ちも無視して話をつづけた。
「テーマは『ピュアな少女の片想い』ですわ」
「え?華音さん、そ~なんですか?」
「あら、言ってなかった?」
「はい……」
 そもそも、ドコでどんなふうに発表するのかも知らなかったけど、あまり根掘り葉掘り聞いてはイケないよーな雰囲気が華音さんにはあって聞き出せないのだった。
 それに……
「少女ですか……じゃ、女性陣が歌詞を書いて、男性陣が曲でイイのでわ?」
「はい………」
 僕は北田先生の提案にぼんやりと返事をした。
 それに……余計なことを聞いて、この密かな共同作業が消えてなくなるのが、僕はたぶんイヤだったんだ。
「じゃ、そ~いうことで教頭には報告しておきますから。ボクは用があるんで帰りますよ」
 しかし、北田先生ってなんか普段はボソボソ言ってる感じだったけど、こんな軽い雰囲気だったんだなあ。
「ハイハイ、とっとと帰ってください」
「あ、でも、報告してくださいね。そーだなあ、次は水曜日でいいかな?」
「ちっ」
 たぶん華音さんは自分主導じゃないのがイヤなんだろう。
「でも、いいんじゃないですか?ボクはソフトの使い方とか調べないとわかんないですし」
 確かにそうだった。初めて触るのにあと二週間で仕上げるのだから……できるのかな?
「しょうがないわね。じゃ、奏ちゃんもいいわね。今度の水曜日までよ」
「え!ウチも?」
「当たり前でしょう?今の話し、聞いてなかったの?」
「ど、どの話し?滝田先生が顧問だって話し?」
「違うし!ぜっんぜん違うし!」
「か、華音さん、後で僕が説明しておきますから……」
「頼んだわよ!」
「ハイ!」

 まあ、だいたい奏は昔からいつもこんな調子だった。なんかトラブルやら抱え込んできて、本人は知らん顔なんだ。


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05.ボーカロイド、その前に 1

「それで?誰から発表するんだ?」

 あっという間に水曜日が来た。なぜか嬉しそうな北田先生がノリノリで聞いてきた。でもボクも奏も黙っていると、イライラしたように華音さんがノートを机の上に叩きつけた。
「先でも後でも一緒じゃないの!私からでイイわね?」
「ハイ……」
 ノートをめくると、そこには綺麗な字で清書された歌詞があった。
「イッツミー?」
「そうよ」
「良いタイトルだね」
「ハイハイ。ゴタクはいいから、とっとと読みなさい」
 ボクと奏は顔を突き合わせて華音さんの書いた歌詞を読んだ。先生は後ろからそれをのぞきこんている。


 イッツミー!

 はじめて君に会った時に聞いたその声に私の心臓はドキドキしたの
 それなのにいつの間にか一緒に並んで歩いているのね
 あぁ、ずっとこうして歩いて行くのね
 アンタ、分かってるでしょ?
 ホント大好きよ!たぶんね
 だから好きだと言いなさい
 アンタ、分かってるんでしょうね?
 それは私
 心変りなんて許さない
 ただ私だけを見てればいいのよ
 世界はただ私の回りを回るだけ


「…………」

 読み終わるとボクと奏は顔を見合わせた。正直に言うと、華音さんはまともに書いて来ないと思ってた。けど、たぶん真剣に書いてきたんだと思う。だって、真新しいノートなのに何ページも破いた跡があった。きっと何度も書き直したんだろう。それでも……
「ええと……いい歌詞だと思うケド……」
 立場上何か言わないとと思ったのか北田先生がまず口を開いた。
「でしょ?でしょ?やっぱ私って天才!」
 華音さんは顔を崩して笑った。それでも……
「ええと……コンセプトってなんでしたっけ?」
 思わずボクも尋ねた。
「ピュアな少女の片思い!」
 ですよね……うんうん……
「……そう……ち、ちなみに……華音くんって片思いしたことあんの?」
「バ バカね!あるわよ!ありますよ先生!片思いの100や200は!もうバレンタインなんて、業界関係者や各界の御曹司やらなにやらにバンバンなんだかんね!チョコの配達」
「それは義理チョコじゃ……ま、いいか。んじゃ奏くんは?」
 北田先生ってなんか頼りない感じだったけど、進行役としては居てくれて助かった。
「ウ、ウチのなんて……華音さんのでいいんじゃない?」
「そうはいかないだろ?みんなで作るって約束じゃないか。それに書いてきたんだろう?それ」
「う……うん……」
 奏はグシャグシャの紙切れを握りしめていた。
「奏ーっ!オマエのはそれ?裏紙?」
「何でもいいっしょよ!さっ!煮るなり焼くなり好きにして!」
 華音の真似なのか、奏も机の上にバンッと紙切れを叩きつけた。
「奏くんのは『いつも見てるの』か。たしかに片思いっぽいな」
「ウンチクは良いから早く読みなさいなーっ」
 なんだ?奏、華音さんを意識してるのか?とも思ったケド、奏ってどんな文章を書くんだろ?なんてちょっと興味はあった。何気にすごい文才があったり………は、しないと思うけど。


 いつも見てるの

 見ているの
 私、いつもの角で
 いつもの壁で
 いつものドアの隙間から
 いつも
 見ているの
 私、見ているの
 だからふりむかないで
 こっちを見ないでよね
 あなたが好きあなたが好きあなたが好きあなたが好き
 あなたが好きあなたが好きあなたが好きあなたが好き
 あなたの後ろ姿が
 本当に好きよ
 だからいつも見ているの
 あなたの後ろ姿を
 いつもいつもいつもいつもいつも


「ええと……コレ……」
 思わず背筋がぞぞぞっとして、奏を見ると、奏はスグにそっぽを向いた。
「違う違う違うんだからね!創作よ、創作!経験談だとか、実際待機する角があるとか、そんなことはないんだからね!」

 その日から、拓人はたびたび背中に視線を感じるようになったという。そしてなぜ昔からいつも突然ちょうどいいタイミングで奏が現れるか?の謎が解けた気がしたという。

「フッ 勝ったわね。奏ちゃん、貴方の負けよ」
「うぎょ~~~~ん でへへへへぇ~ 負けちった~」

「華音さん、これは勝ち負けじゃないよ。それに奏も言われて悲しいんだか嬉しいんだかハッキリしてくれよ」
 正直、これは絶対に言えないけど、ふたりの歌詞は五十歩百歩だと思う。
「うーん、そうだなあ、ふたつをくっつけて人称だとか『てにをは』だとか整理すればイケる……のかなあ」
「先生、『てにをは』ってなんです?」
「ん?ああ、それを調べるのが君たちの部活動なんじゃないのかい?ボカあ国語の先生じゃないんだしさ!」
 ……知らないで言ってみただけか?何を考えているのか、北田先生の言うコトはなかなか読めない。



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06.ボーカロイド、その前に 2


「それで?お二人さんの方は?」

 北田先生はボクとトーマの方を向いた。先生も付き合いが良いなあ『二人』だなんて。っても、そんな風じゃなきゃなのかな?教頭への報告とやらは。たしかに4名いなくちゃダメな部活を3人でやってるって報告した時点でアウトっぽいけど……嫌々顧問やってるってんなら、それでも良さそうな気もするのに。

「トーマくんは……」
 まあ、ボクもあえてバラすこともないので話にのってるふりをすることにした。
「でもまあ、ボクは一応メロディだけ打ち込んできたんです。ふたつ……なんか迷っちゃって」
「おっイイな~とりあえず聴かせてくれよ」
「ハ……ハイ……これです」

 ボクはVOCALOIDやDAWソフトを入れたノートPCを借りて帰って、メロディの触りだけ作ってきていた。ボクは顔から火が出るような思いでそのファイルを再生した。


  



「ほほう……コッチはPOPで、コッチはバラードって感じ?」
「さ、さあーあんま意識してないです」
「どう?女性陣は」
 北田先生が華音さんと奏にふった。僕はまた心臓が飛び出そうなくらいに緊張して華音さんの一言を待った。

「ショボイ……こんなショボイんじゃダメよ。ダメダメ!ダメすぎるわ!」

「え?や、ああ……これは……」

 も、もちろん、あの華音さんの口から優しい言葉を期待していたわけじゃない。そうじゃないけど、その落胆ぶりはショックだった。

「これはまだ、メロディだけのMIDI打ち込みだろ?」
「ハ……イ……」
 北田先生は何気に、多少は分かるらしかった。が……
「ミディーだかミンディだか知らないけど、こんなのじゃダメじゃない!間に合うの?」
「まーまー部長さん。いいじゃない。第一弾はこれで。でもさ、結局誰かが一度まとめなくちゃだから……ね?拓人くん」
 北田先生がボクの肩を叩いた。
「え、あ、ハイ。ボクやってみます」
「そうだね。それがいいね。じゃさ、二人の歌詞をブレンドした感じで適当に唄も入れときなよ。ね。アレンジとかは、まーいいから、ドラムとベースくらい入ってればいいかな、あとピアノか。できればサビもほしいなあ、ワンコーラスでいいからさ」
「は、はあ……」
 北田先生は、なんだかやっぱ少しは知ってるらしかった……
「んじゃ、金曜日な。時間ないからさ」



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07.ノクターン

 その日、帰るとボクはすぐさま作業にとりかかった。なぜだか、いや、いつもどおりに奏はボクの部屋でたむろしている。

「できそうなの?」
「ん、ああ~たぶん……頑張るしかないし」
「ふーん……でもタクくんならできるよ!毎回毎回、何でもなんとなくそれなりに出来るんだからさ」
「なんだその根拠のない励ましは。でもさ、どっちの曲の方が良いとか悪いとか言ってもらえたらよかったんだけどなあ。奏はどっちの方が良いと思う?」
「ドッチでもイイけど~~~ウチは~やっぱ明るい曲が好き!」
「ドッチでもイイってオマエ……でも、分った。そっちでやってみるよ」
「そーそーその調子だぜい!それはそーと、お茶無いんだけど?」
「…………帰れ!」
 と、言ったところで奏は帰るはずもなく、漫画を読んたり菓子を食べたり、いつもどおりにしていた。その様子を背中に感じながら、ボクはノートPCを立ち上げた。

「……とりあえずBPMはもうちょい速めで……って、いくつくらいなんだろう?130くらい?でいいかな」
「なになに?BPMって!バスト・パーセント・マックス?む、胸の最大比率?」
 すると奏が飛びついてきた。
「……違うよ!ビート・パー・ミニット、曲の早さの数値だよ!なんだよ胸の最大比率って」
「え?ウチのバストサイズ?」
「Bだろ!って、そんなん聞いてねーし!」
「BじゃないもんDだもん」
「………嘘つけ」
 俺は一度奏の胸を見て頷いた。
「あーーーーママたーーーん、タクくんがイジメるんです~~~~」
「お、おいやめろ!わかった、わかった!じゃ間をとってCな、C!」
「しょうがないわね、それで手打ちにしましょう」
「って何の話だ!てか、手打ちってなんだ?うどんか?そばか?いやいや、お前は何しに来た?邪魔しに来たのか?」
 どうも奏と話すと話が変な方向にいってしまう……

「んで、ドラムとベースって言ってたな先生」
 ボクは気を取り直して作業をすすめた。
「ドラムって言うと……あった、あった、このプラグインで……あ、なんかサンプルの太鼓って反映させられるんだ、へえ~、これはイイなあ。MIDIトラックにドラッグして……と……おお~~自己満足~~~」
 ドラムのループを貼り付けるだけで、かなーーーり音楽っぽくなるのには驚いた。
「自分で打ち込まなくちゃなのかもだけど、まあ、時間優先ってことで!」
 その後、文字通りベースラインを並べると、いわゆるリズム隊が入ったので、とりあえず曲っぽくはなった。
「あとはピアノか……とりあえずコードを押さえれば……いいよな。ピアノのコードって……ま、適当にルートと三音いれとけばいいか、Cならドミソ~っと」

「おーさすがオタクソング部だねえ~~~ウチが見込んだだけのことはあるし」
 また奏が覗きこんできた。
「うるさいな~なんだよオタクソング部って、フォークソング部だろ」
「だって『ひとりぼっちで陰鬱にギターを弾きながらブツブツいう部』なんでしょ?」
「ウルサイ!部員がいないから一人でやっただけだし、ブツブツ言ってるんじゃなくて、緊張して声が出なかっただけなんだよ!」

 そう、ボクは音楽は好きだけど人付き合いが苦手で軽音楽部にもいけない、一人で歌うにも極度の上がり症で去年の文化祭の発表で大失敗した。そんな苦い記憶に土足であがりこんで傷口に塩をぬりつけるのが奏だった。

「でも、ボーカロイドなら、自分で歌うんじゃないもんな」
「そね。タクくんの歌声は聞くに耐えかねないもんね」
「オ……オマエは、なんだ?応援しに来てるのか?それとも悪口を言いに来てるのか?え?どーなんだ!ハッキリしろ!」
「キャーッ エッチ~~~ 襲われる~~~~」
「…………さあ、作業するかなあ」
 奏に付き合ってたら進まないので、無視することにした。

「そーいえば俺まだVOCALOIDのソフト触ってないや。
 なになに……ええと……MIDIデータを読み込んで……と
 とりあえず再生?あ、エラーだ……
 なになにい~?
 『いくつかの音符が重なっています。』
 ……ええと……なんだろう?って下になんか書いてあるな
 『[音符のノーマライズ]を実行してください。』か……
 で、再生っと……
 お、おお!奏~~~~!」

 ふりむけば奏はいなかった。外を見れば窓の外はすっかり暗くなっていた。DAWソフトと説明書と参考サイトにのめり込んでいるうちに、いつの間にか奏は帰ってしまったようで、置き手紙があった。

『タクくん信じてる!がんばってねー』
「置き手紙なんてめずらしいな」

 と、思うのもつかの間、またボクの頭は曲作りの方へと向かっていった。最初はなんだかミクが『あああ~』って歌ってくれるだけで感動したけど、そーいやなんか先生が言ってたな……て、適当に歌詞をミックスしろとか……適当とか無理ゲーじゃね?なんであのとき、気づかなかったかなあ……と、言ってもいまさらか……

 と、とりあえず華音さんの歌詞はと……

 はじめて会って、声にドキドキして……いつの間にか一緒に並んで歩いて、好きだって言いなさいで、世界は自分のまわりを回るのか……
 華音さんらしいっちゃそうだけど……

 で、奏のは……

 見てる、見てる、見てる……か
 見てるんだな……ずっと、ずっと、ずっと

「ハッ!」

 ボクはまた背筋に寒いものを感じてふり返ってしまった。が、奏の姿はなかった。

 ストーカーっぽいけど……でも、コレって本当に好きって……いうことなのかなあ?…………
 ま、まあやってみるしかないな。ええと……歌詞を入力するには……右クリックで……と……

 そんなこんなで、なんとなく歌詞を入れてゆくと、なんだか、別になにも調整とかしないでもそれっぽく歌ってくれるVOCALOIDというソフトにまた驚きながら、夜が更けていった。
 思えばこれがボクとVOCALOIDとの初めての出会いだった……


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08.ムービングオン

   金曜日、放課後になるとボクはひとりで旧視聴覚室へと向かった。

 ガラガラガラーッ

 ドアを開けると、まだ誰も来ていないようだった。
「あれ?おかしいなあ~奏のヤツ先に行くって言ってなかったか?」
 しょうがないのでパソコンをセットアップしていると何か違和感を感じた。
「え?えええーーーーっ!」
 そこには我が部のマスコット、ソーマくんの横にもう一体人形があったのだ。しかし……
「今度は女キャラ?」
 そう、もう一体はセーラー服に仮面をした…………
「奏か!奏だろ!なにフザケてんだよ!」
 そう、それは奏だった。
「えへへへぇ~ バレちった?やっぱソーマくんほどうまくできないやあ。ユニット組みたくて夜なべして仮面まで作ったのにぃ~」
「そか……オマエ……器用だな……」
「でもさ、なんか、時々ソーマくんって人形さんに見えることがあるんだよね……ほら…………」
 奏はソーマくんの腕をプラプラとさせている。
「…………どこまで天然なんだ?奏……」
「ん?なんかゆーたか?」
「い、いや、何でもない。ガンバれよ」
「うひょい!」
 でも、そ~いえばソーマくんって、もっと腕とかちゃんとワタが入ってた気がする。いちいち華音さんが作り直してるとも思えないし……気のせい……だよな……

 そんなことを考えていると、やがて華音さんがやって来た。北田先生と一緒だった。

「うわぁっ な、なんだオマエ!」
 先生が奏を見て大げさに驚いてみせた。
「奏とトーマくんだよ。ユニットを組むんだってさ」
「ほほう……それは、面白いかもしれないなあ……」
 何が面白いのか、先生はニヤリと笑った。

「ええーと、それでー何だっけ?ああーアレか拓人の発表だったよな。よし、早速やろう」
 が、やっぱり先生は今日も適当だった。
 先に来て準備してあったし、昨日遅くまでやっていたので眠くて、ボクも早く終わらせたくてスグに再生した。

「一曲に絞ったか。ま、無難だナ」



「おおー歌ってる歌ってる!スゴイじゃないか!」
 先生が一人で興奮している。
「まあまあね。こないだのよりはマシだわ……ほとんど私の歌詞のままだしね!」
 華音さんもほっとしたような表情を見せた。
「ブゥ~~~ ウチの歌詞がなーいー」
 奏は不満そうだ。
「あるだろ!」
「ドコに!」
「ここだよ!」


 本当のリアル

 それは突然の風にふりむいた
 キミの声がして
 胸の奥がキュンってした
 いつからだったろう?
 いつのまに僕ら
 歩き出したんだ
 いつでも君だけを見て
 すぎてゆく毎日
 同じような毎日
 永遠に変わらないと
 疑いもせずに……


「ほら『君だけを見て』って!」
「あ、ホントだ!うっひょおーーーい!」
 奏が単純でよかった。

「でも、この、ラララ~はナニ?これで完成のつもり?」
「や、やぁ~どうしてもサビ、思いつかななくて午前1時過ぎて、ラララにしておいたんだけど、そのまま……」
「そう。暫定版ってことね」
「そうそう。そうです」
 あわよくば、そのまま……とも思ってたけど、やっぱダメだった。
「んじゃ、そのへんもうまい具合に入れといてね!私の歌詞から!」
「は、はあ~ボ、ボクが、考えるんですかねえ~やっぱ」
 やりたくない、というワケでもなかったけど、編曲にもう少し時間をかけたい、というかかかりそうな気がしていた。
「うーん……そうだなあ~共同で作業、と言っても、なかなか難しいかなあ時間もないしさ。発表とやらができないと……先生も教頭に怒られちゃうんだよ。ハッハッハッハ」
 北田先生はそればっかだな。とはいえ
「分かりました」
 ボクは、そう言うしかなかった。
「それじゃあ、次は……月曜はダメだから火曜でいいか?」
「はい」

「あ、あと、もうちょっとテンポ早めにして、音数も足しておいてね!やっぱギターとか欲しいんじゃない?」
「ギ、ギターですか……」
 ギターはなんだか難しいんだよね……入力が……でも、なんだか華音さんもヤル気な感じがでてきたし、やってみるしかないよなあ。



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      09.クロスオーバー


      「ほら、見てみろよこれ」
      「ん?なに?」
      「なんか変なキャラが歌うやつ」

       月曜の放課後、やること満載のボクと、見ているだけの奏とで早々に帰ろうとしていると声がした。

      「ああー何だっけ、ボーカロイドだっけ?気持ち悪いよなあ」
      「こーいうの聞く奴の気がしれないぜ!」

      「あ、あれは華音さんの取り巻き連中?」
       華音さん達のグループ、つまり、イケてる系の連中がスマホの画面を見ているようだった。
      「アイツらひっどーい!ね?タクくん!」
      「ん、ああ。まあな。でも、人は人だろ?気にすんな」
       しかし、その時ちょうど華音さんが現れた。どうやらボクらのコトには気がついていないようだった。

      「お、華音じゃん。華音もそー思うだろ?」
      「何が?」
      「いや、コレコレ、キモいってさ」

      「よし!華音タン、バシッっと言っちゃってやっちゃって!」
       ボクと奏は廊下のカドに隠れ、華音さんの答えに聞き耳を立てていた。

      「だろ?な?」
      「う、うん。キモい……よね」
      「そーだよな!」
      「ハッハッハ!」

      「な、なんだよ華音さん……」
      「まあまあ、気にすんなってばよ」
      「で、でも、奏……」

       自分が何を期待していたのか?それはよく分からなかったけど、少なとも華音さんは仲間なんだと感じはじめていた。だから、それが違うって否定された気がして、なんだか悲しくなってしまった。
       最初は一緒に何かやれるだけでイイと思っていたのに……

      「だ、だいたいそーだよ。おかしかったんだよ最初から。人目につかないように古い視聴覚室を部室にするとか……そーだろ?奏!」
      「う、うん……でも……本当の本当は違うと思う」
      「何が違うんだよ!今、キモいって言ってたじゃないか!」

       ほんと、何を期待していたんだろう?だんだんと怒りに近い感情がこみ上げてきた。しかし逆に奏は悲しそうな顔をした。

      「でもさ……華音タンって、カナたんなんだよ?タクくん、忘れてるっしょ?」
       カナ……それはどこかで聞いた気がする名前だった。



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      10.リフレイン


      「カナ?……誰だっけ?」

        カナ……たしかに知っている。知っていることは分かるが、記憶がモヤに包まれたように、それ以上思い出すことが出来なかった。

      「ほら!華音タンといい、タクくんといい、なんで忘れるかなあ~それが逆にウチには分かりまへんのどすえ」
      「な、なんだよ、どすえ~って」
      「そんな話しはどーでも、どーでも、どーでもいいですとよ!」

       奏が言葉遣いがヘンになる時、いや、いつもヘンではあるが、さらにヘンになる時は本当に怒ってる時だ。ボク、何かした?

      「ウチとタクくんとカナたんと、あと時田の四人でよく遊んだじゃない!小学校の頃」
      「おー時田!懐いなあ~アイツ、中学から私立行っちゃったからなあ~」
       そうだ、小学校のまだ低学年の頃は、その前から近所だった奏と時田とよく遊んでいたっけ。
      「時田じゃないっしょよ!今は!カナたんのコト……」
       奏はボクの顔を覗きこんで、また悲しそうな顔をした。
      「そんなに好きだったんだね……それで、ムリヤリ忘れようとしてるんだね」
      「え?何のこと?」
       だがしかし、そのくらいのことしか思い出せない。カナ……たしかにもう一人居た気はする。
      「もー知らない!ウチ、帰る」

       奏はその小柄な体を精一杯大きく見せようとでも言うように両腕を広げ、足をガニ股にしてズンズンと去って行ってしまった。その滑稽な格好も今日はなんだか寂しげだった。

      「奏……」
       どんどん小さくなってゆく奏の後ろ姿を目で追っていると、ふと頬に冷たいモノを感じた。
      「え?な、なんで泣いてるんだ?ボク……」
       ボクはいつの間にか泣いていたのだ。……心は平穏そのものなのに……
       カナ……カナ……カナ…………
      「ウッ ウッ ウッ カナ……カナ……」
       カナという名前を思い出そうとするたび、こみあがる感情に涙があふれ出した。

      「んじゃ今日レッスンだから先帰るねえ~」

       その時、ちょうど華音さんが廊下のカドを曲がり、突然ボクの目の前に現れた。

      「え?タックン!」

       突然のコトに驚いたのか、声を上げた華音さんの顔はいつもの張りつめた雰囲気じゃなくて、なんだかとても柔らかだった。

      「カ……ナ……?」

       頭の中のリフレインが溢れだしたのか、ボクも思わずそうつぶやいた。

      「聞いてた……の?……今の……」
      「ん……あ……ああ……まあ……」
      「そう……じゃあ、もうおしまいね……」
       華音さんは少し悲しそうな顔をした。
      「え?」
       ボクは自分が泣いているのを思い出し、涙を拭った。
      「あ、これ?これは何でもないんだ……」
       しかし、それを見て華音さんはすこしうつむきながら、呪文のように声にならない言葉をつぶやいたあと、もう一度深くうなずき、顔を上げた。すると、そこにはすでにいつもの華音さんがいた。

      「いいわ。私は私でなんとかする。今まで通り、ひとりでね」
      「華音さん……」
      「そう、それに私はカナじゃないわ。華音。蒼井華音よ。もう間違わない」
       そう言い放って、華音さんは歩き去ってしまった。


       金曜日、旧視聴覚室に行くと、華音さんの姿はなかった。

      「あれ~どうした?お前ら暗いなあ~部長は?」
       北田先生はいつもどおり、うそ臭い明るさだった。
      「学校お休みだそうです」
       華音さんと同じクラスの奏が答えた。奏も元気が無い。
      「そ、そうか……それならしょうがないなあ。発表は後日にするか?」
      「ええ……ボクもまだ、何も出来ていませんし……」
       同じようにボクも元気なく返事をした。
      「そ、そうか。まあインターバルも必要ってことだな。じゃ、まー来週あたりにまた再開ってコトで解散!」
       そう言って北田先生は帰っていってしまった。
       ボクはノートPCを机においた。

      「奏はどうするんだ?」
      「うん……もう少しここにいる」
      「そか。ま、あんま遅くなるなよな」
       そうしてボクも旧視聴覚室を後にした。



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      11.ユニゾン


       それから一週間がなんとなく過ぎていった。ボクは、部室である旧視聴覚室には寄らないでひとりで帰った。何をしているのか、奏はなんだかひとりで部室に行っているようだったが、いつかうちに遊びに来るときに聞けば良いと思っていた。しかし、奏は一度も来なかった。
       結局、心配になったボクは部室に行ってみることにした。言っておくけど心配なのは置きっぱなしにしたノートPCと、トーマくんのことだ。

      「え?」

       実のところ、奏は相当落ち込んでるんじゃないか?と思っていた。だから励ましてやろう、くらいの気持ちだった。しかし……

       うちょーーー!
       なんでこーなる?
       いや、ならないかねーーーー
       んっもう!

       そこでは仮面のセーラー服少女がパソコンを叩きながら踊り狂っていた。

      「か、奏?」
       まあ、まず、間違いなくそれは奏だ。
      「おお~~~やっと来たかね、タクくん」
       ボクのことに気づいた奏は狂い踊りをやめコッチを見た……仮面のまま。
      「いや、そうじゃなく、なに『踊ってみました』してるんだよ!」
      「うにょ?だってここはボカロ……」
      「そうだろ!」
      「踊ってみました部でしょ?」
      「っがーーーうっつーーーの!」
      「だって、みんな来なくなっちゃったから……しょーがないじゃない」

       仮面をしているから伝わらないとでも思っているのか、奏は背中を丸め、両腕を前にダラーんとたらし、全身で『私は落ち込んでんるんだゾ』アピールのポーズをした。
       が、奏よ、それは逆に滑稽だぞ?しかし……
      「そ、それは……ゴメン」
       とりあえずボクは謝った。たしかに、何も言わずに投げ出したのはボクの方だったから。

      「でも、だいたいなんだよこの曲……というかリズムだけみたいなの」
       すると奏はUSBメモリをどこかのご隠居さんの印籠のように突き出してみせた。
      「だからなんだよそれ」

      「ゆーーーえすびーーーーーーメモリーズ!……ズ……ズズズ……」

       奏は何かの変身ポーズのような動きをして叫んだ。しかもエコー付きで。

      「USBメモリだろ。んなことは分かってんだよ。それがどうした?って聞いてんの!」
      「へ?タクくんのじゃないの?」
      「知らないよ、そんなの。どこにあったの?」

       きけば、ここに置いてあったのだという。トーマくんの横に。それを何とか取り込んで曲にしようと四苦八苦してたというのだ。

      「じゃ、踊ってたわけじゃないの?」
       コクン、と奏は大きく頷いた。
      「きょ、曲が完成したら……また、みんな戻ってくるかな~と思ってさ」
      「か、奏……オマエ……」

      ……放課後の教室、傾きはじめたオレンジの太陽に照らされ、向き合う二人の影はひとつに重なり合った……

       コツン コツン

      「おーい!ひとりナレーションで盛り上がってるところ悪いんだけど、奏、自分の格好分かってる?オマエ今、仮面少女だよ?少女漫画のヒロインじゃないよ?」
      「ハッ!迂闊!そうだった!」
      「気づいてくれたか。ヨカッタヨカッタ」
       と、思うや奏は奥へとダッシュして何かを取って戻ってきた。
      「ハイこれ!」
      「ハイ?」
       奏の差し出したのは仮面だった……トーマくんの……
      「あ…え?……は?……あれ?トーマくんは?」
      「いないの……トーマくんも消えちゃったの……お面を残して……だから……」
       華音さん……いち早く撤収したのかなあ……

       ガツンッ

      「イタイイタイイタイ!な、何するんだよ!」
       華音さんのことを思い出していると、奏は俺にトーマくんの面を被せてきた。

       ス~~~ッポン

      「おお~~~似合う似合うわ~~~ピッタシ!」
       お面がはまった。そして……と、取れない
      「ピッタシジャナイヨ」
       ってあれ?声が変?
      「ナンダコレ カナデ コエガ ヘンダロ」
       声が、ロボットボイスになっている?
      「うひょーすげーっす~~~!やっぱ本物すげー」
       奏はなぜか喜んでいるが、どうやらこのマスク、ヴォイスチェンジ機能かなにかがついてるってこと?いったいなんでだろう?し、しかし外れない、外れないぞコレ。
      「これでユニット組めるね!タクくん!ユニット名考えなくちゃ!」
      「………………」

       絶対外す!

       心の中で叫んで死に物狂いで引っ張ると、なんとかやっとマスクは外れた。
      「はぁ はぁ はぁ ヒドイ目にあった。ユニットったって、コレ、トーマくんのモノだろ?勝手に使っちゃダメじゃないか!」
      「ぐ ぬぅ~~~」
       奏にはこの言い方が一番だ。
      「でも、いいよ。分った。その曲仕上げようぜ。ボカロ部でさ」





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      12.新ユニット『にゃあトロン』

      「んーーーーーーぐぐぐぐぅー」
      「どうしたんだよ?奏、気持ち悪いカッコして」

       あくる日の放課後、部室でボクがパソコンを開いていると奏が仮面をつけたまま鏡の前でいろんな変なポーズをしていた。今日も華音さんも、トーマくんも居ない。北田先生は一度顔を見せたがスグに帰ってしまった。

      「んー、ダフトは愚かなって意味らしいから……」
      「おーい、聞こえてんのか?ねーのか?」
      「愚か者、と言えば……タクくんだもんねえ……」
      「ちっ 聞いてねーのか」
       奏は変な動きをしながらブツブツつぶやいている。
      「お! キタキタキタキターっ!タクトパンクでいっか!ユニット名」
      「おい。やめとけ、てか、絶対にやめろ!」
      「タクト~パン食う?なんちてー」
      「フ ザ ケ ル ナーーー!」
      「だって~全然できないんだもん曲、~元があるってのにー」
      「グッ」

       そう、ボクは得体のしれないUSBメモリに入ってたという曲の伴奏を付けているのだった。

      「だ、だってしょうがないじゃないか、ダンスだかエレクトロだか、知らないジャンルだし、なんかメロディがあるようなないような曲だし」
       それに……
      「それにしてもコレ誰の曲なんだろう?華音さんかなあ」
      「だからトーマくんのだって言ってるっしょよ!」
      「ハイハイ、分かりましたよ」
       奏じゃないとしたら、やっぱ華音さんってコトだろう。とするとこの曲を仕上げるコトが華音さんの希望なのかも知れない。そう思ってボクも慣れないジャンルにチャレンジしていた。あのままで終わりってのも……寂しすぎるし、カナちゃんの件も思い出せていないのだから。

      「んなことより、歌はどうするんだ?歌詞は」
      「それはウチにまっかせなさーい!」
      「ひとつの言葉の繰り返しじゃないんだろうな?」
      「ち、ちがうんだから!あったりまえでしょ!」
       怪しいもんだが、歌詞を考えないですむのはありがたい。
      「だいたいコレ一つの曲なのかなあ??つなげちゃっていいのかなあ~?重ねればいい?」
       と、人の作った部品から曲を組み上げる、という慣れない作業に四苦八苦していると、すっかり日が暮れてしまった。
      「今日はウチがコレ持って帰るからね!見てらっしゃい!勝負よ!」
       帰りがけにパソコンを奏に奪われた。
       自分でやる!ということらしかった………

       が……

      「で?なんでうちに来てるのかな?奏くん」

       奏はその日のうちにうちにノートPCを持って現れた。

      「やーほら急がば回れ!っていうじゃない」
      「なんだ、ボクが迂回路みたいなその言い草は!だったら来んな!そして夜なんだから、もうドタバタすんな!しかもうちで仮面を被るな!」
      「まーまー、トロンさんよ、早くボカロの画面まで持っていっておくれ。後はウチがやるからさ」
      「なんだ?トロンって!」
      「ユニット名」
      「は?」
      「ウチが『にゃあ』でタクくんが『トロン』。ふたり合わせて『にゃあトロン』!キターーーッ!」
      「…………どっから来たんだ?それは」
      「えへへへへーーー まず、エレクトロンでしょ?、んでもってトロンになるでしょう、んでニトロン、ニュートロン、で!にゃあトロン!」
      「最後、魔変換してねーか?ま、どーでもイイけどな」
      「え!いいんだ?トロンで!もしくはトロ!はたまた大トロ!」
      「大トロじゃねーよ!ホレ、あとは煮るなり焼くなりだろ?」
       ボクは歌のパートと思われる部分をMIDIにして、VOCALOIDに取り込むと、ノートPCごと奏に渡した。
      「うし!サンキュー!んじゃ帰るね!」
      「お、おう……でも……」
       この時、何を言おうとしたのか?自分でもハッキリと分かってはいなかった。
       でも……
      「大丈夫よ。カナは……華音タンは……戻ってくるよ」
       奏の言葉に頷いた。
      「ああ、そうだな」


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      13.ビートゴーズオン

       
       れじーーーーーすっ
       あーーーんどっ
       ジェントルまーーーーン ボぅ
       ウッ!

      『新曲and新ユニット発表するからみんな集合!』

       そんな、メールが奏から来ていたので放課後、ボクは部室の扉を開いた。すると、突然叫び声がしたのだ。

      「遅いぞ!タクくーん!」

       それは奏の声だった。暗闇の中、スポットライトに浮かぶ仮面のセーラー服少女、奏の声がこだました。
       すると、つづいてドラムの音が聞こえだした。昨日ボクが入れた四つ打ちだ……

      「それでわ!新ユニット『にゃおトロン』による『パンダドライブ』をお聴きくださ~い っにゃ」
      「パ、パンダドライブ?」
       ボクのつぶやきは無視され、フラッシュライトが点滅しはじめた。すると闇の中、VOCALOという液晶文字が浮かび上がった。それはトーマくんのマスクの部分だった。

      「え?トーマくん?……ってことは……」
       もしかしたら華音さんもいるのか?と、あたりを見たが、いたのはボクの他は奏と先生だけだった。



       
       パンダドライブ

       パンダドライバー パンダドライバー
       白黒黒白シマウマ白黒白黒つけなきゃ黒白モノクローム
       パンダドライバー つれてって

       イロトリドリカラフルフルカラー
       白黒つかないつけたくないない
       のらりくらりふらりふわりして
       ノロノロモノクロ白黒の世界
       スキとキライと嫌いと好きと
       さあパンダコレなんだこれ
       気にしないで行こう

        止まらない気持ち

       白黒黒白シマウマ白黒
       白黒つけなきゃ黒白モノクロ
       パンダ パンダ パンダ シマウマ
       ウマシマシマウマパンダシマウマ

       君はドライバー 進め!ドライバー
       パンダドライバー パンダドライバ



      「ブラボー!ブラボー!いいじゃない!」
       ハッキリ言って歌詞の意味はサッパリ分からない。っていうか歌ものになってるのかさえ疑問だった……けど、北田先生は少し興奮気味に拍手をした。
      「なんと言ってもタイトルがいいね!なんだっけ、「パンツはシマシマ」だっけ?」
       先生はいつもどおり、冗談なのか本気なのか分からない。
      「先生、ちょこちょこそういうの挟んで来てますけど……なんですか、セクハラっていうんですか?で、訴えられますよ?」
      「拓人、オマエ硬いぞ?そして暗い。そんなんだから華音くんに逃げられるんだろ」
      「あ、先生!先生として言ってはならないこと言ってませんか?それに逃げられて無いでしょう!」
       ちょっと北田先生にイラツイてると、奏は他のことでイラツイていたらしい。
      「ぬぅ タクくん、バラしたな!」
       急に怒りだした。
      「な、なにをだよ!」
      「ウチのパンツがシマシマってことよ!」
      「……いや、意味分かんないし。なんでボクが奏のパンツの柄知ってるわけ?それにさ、別に北田先生は奏のパンツがシマシマだって言ったんじゃないよ。いつもシマシマだとしてもさ。って先生!それメモってどうすんの!」
      「シマシマじゃないもん……」
      「あーもういいよ分かったから」
      「ボーダーだもん」
      「……そこ?」

       ……ビートゴーズオン…… 

       一瞬の沈黙を破ってロボットボイスがした。トーマくんだ。そして、つづいて『シマシマのパンツ』じゃなかった、『パンダドライブ』が大音量で流れだした。

      「先生!ビートゴーズオンってなんですか!」
      「拓人。何度も言うが俺は国語の教師でも、英語の教師でもないのだよ!」
      「それでも先生でしょう!」

       そんなこんなで発表会が、無事?終わると、ボクはまたノートPCを預かることにした。
      「奏……ボク、この間の曲もうちょっとやってみることにするよ。もう華音さん必要ないのかもしれないし、間に合わないのかもしれないけどさ。約束……だしな」

      「そうね。まずは、そこから……」



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      14.リトルラヴァーズ

      「んでさーカナちゃんって誰だっけ?」

       ボクは、やはりどうしてもハッキリと思い出せなくて、またうちに出入りするようになった奏に聞いた。

      「なに?まだ思い出してなかったの?」
      「うん……なんとなくしか……」
      「コレよ」
       奏は昔の写真を持ってきた。そこには男女二人ずつ、四人の子供が写っている。ボクと時田と奏と…………
      「これがカナちゃん?」
       ひとりのおとなしそうな少女をボクは指さした。確かに記憶にある顔だ。
      「はあ?タクくん、ホントどーしたの?頭かなんか強打したことあったっけ?」
      「な、なんだよそれは!ボクは思い出したんだよ!この子がカナちゃんだろ!おとなしくてカワイイ子!」
       そこには、男勝りに泥だらけで笑う少女と静かに微笑む少女の姿があった。
      「あら、ありがとう」
      「な、なんだよ」
      「それ、ウチだよ?」
      「え?」
       ボクは驚いて二度聞き返してしまった。おとなしそうに見えるほうが奏だと言うのだ。そして、よく言えばボーイッシュ、悪く言えば悪ガキ風の方がカナちゃん、つまりは華音さんだと言うのだ。
      「う、嘘だろ?おい、どー見てもコレ奏じゃないか!この小汚い感じ」
      「ハイハイ、そうですかー。なんて言おうとコレがウチで、コレが華音タン。みんな変わったのよ。みんなね。時田も進学校に行ってスッカリ変わっちゃったしさ」
      「あ、ああそ~いえば、そうだなあ……でも、カナちゃんって……」
      「引っ越したでしょ。夏休みに」

      「あっ ……………」

       ボクは思い出した。あれは確か小学2年か3年の夏休み。気がつけばカナちゃんは消えていて、後で転校したって知ったんだ。
      「思い出したみたいね。まったくあんなに好きだ、好きだってウザいくらい言ってたのに薄情なんだから」
       そ、そうだ。ボクはカナちゃんが好きだった。
      「や、いや、違うだろ。そ、それはカナちゃんが、ボクにだけ黙って消えたんじゃないか!時田も奏も知ってたんだろ?なのに、俺だけ知らなくて……そうだ、そうだよ!思い出したよ!夏休みに、博物館いっしょに行くって約束までしたのに、からかわれたんだと……そう、思ったんじゃないか!だから、だから忘れようって決めたんだ。そうだ、そうだよ!」
      「そう?じゃ忘れちゃいなよ。このままさ。あの後の、カナちゃんが引越した後の時みたいになったら困るもん。アンタ、なんか抜け殻みたいでさ」
       なぜか奏は泣き出してしまった。
      「え、えっと……」
       ボクは、その時どんなだったのか?思い出せなかった。
      「そんなに、ヒドかったの?」
      「も、もういいからさ、あんな気持ち、もうイヤだからさ。いいじゃん。カナちゃんのことはさ。あれは、もう華音さん。カナちゃんなんかじゃなくね。ね?」
      「あ、ああ。そうだな」
       いつになく真剣な奏の顔に、ボクはもうそれ以上何も言うことができなかった。

       それにしても……二人ともすっかり変わっちゃったんだなあ。まるでそれぞれ入れ替わったみたいじゃないか……


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      15.不協和音


      「っていうかさ、最近、華音、あのちんちくりんとツルンでね~?」
      「ちんちくりん?」
      「なんだっけ、カエデ?」

       その日、ひさしぶりに華音さんを見た。もちろん、例の連中と一緒だった。ボクと奏はまた動くコトができず、その会話を聞くことになってしまった。
       それにしても……アレがカナちゃんなのか……
       なんとなく、奏の前ではもう、その話題は出せなかったが、忘れようったって、なかなかできない。逆に、よくも今まで忘れていられたもんだ。

      「カナデじゃね?」
      「そーそー、そのカネダ、カネダ」
      「ちげーし」
      「あんなのと一緒にいるとお前の評価もさがるぜ?」
      「そんなこと……」
      「ボランティアだろ、ボランティア。ほら、華音サマは国民的美少女目指してるから、あーいう素朴な要素が必要なんじゃね?そーだろ?」
      「う、うん……」
      「なーんだ、やっぱそーか。そ~だよなあ。華音サマがあんな連中と本気でつるむなんてありえねーし」
      「でも、華音サマも人が悪いよなあ。利用できるもんは何でも利用するってか?」
      「そ、そんなこと……」
      「もーひとりの男も冴えねーしなあ」
      「ちげーねー、ちげーねー、タクトだっけか。あの根暗男め」
      「う、うん……」

       ワザと聞こえるように言っているのか?悪口というのは、いずれ本人の耳に入ってしまうものなんだ。

      「ア、アイツら!」
       ボクは自分のことより、奏のコトをバカにしたのが何より許せないでいた。だって、だってカナちゃんなんだろ?

      「いーよ、いーよ、いーよ。いーの、いーの、いーの。しょ、しょうがない、よね?華音タン美人だし、お金持ちだし、アイドルだし、あの取り巻き連中だって、どっかの大企業のボンボンだし、CMのスポンサーだっていうし、しょうがないよ。うん。ただ……ゴメンネ。こんなコトに巻き込んじゃってさ」
      「謝んなよ!もともとボクはどうも思ってないよ。作ること自体が好きだからさ。その機会をもらえて感謝してるくらいさ。ただ……」
       ただ、今はこの奏の思いを踏みにじるのは許せないんだ。せっかく曲だってほとんどできてて、あとは、歌詞だから華音さんにも相談したいと思ってたのに……
       結局また部室にも寄らず帰ってしまって、数日が過ぎていった。


      「アレよね?華音って今週末だったよね?ラジオ出んの」
      「ん、ああ。そーだったな」

       別の日の放課後、奏とはなんとなく気まずくて一人で帰ろうとしていると、華音さんの取り巻きがいた。でも、華音さんの姿は見えない。

      「大丈夫よね?」
      「まー大丈夫っしょ。あんだけ言えば拓人だっけ?とかに泣きつくこともできないし」
      「せいぜい赤っ恥かけばいいのよ!華音なんて!」
       え?
      「おい!オマエら!なんだよ!どー言うことだよ!」
       思わずボクは飛び出していた。今までそんな行動したことなんてないのに。
      「はあ?なにアンタ。叫んたりしてキモー」
       それはいつもの仲良さそうに華音さんのそばにいる、同じようにモデルをしているという梨花だった。
      「ウルサイ!華音さんがなんだってんだよ!」
      「あー、オマエ、あれ?拓人くん?怖い怖い~」
       男の方だって、いつもいっしょにいる仲間、のはずだ。
      「ぶざけるな!ってんだよ!」
       思わずボクは男の襟元をつかんでいた。
      「あらあら、ほんとイヤねえ。普段おとなしい子が……キレてるっていうの?どーせもう手遅れよ。週末のラジオに華音が出るって話し。あの子嘘ついてさ。フフフフフフ。せいぜい恥をかけばいいんだわ」

       華音さんが言っていたボカロの発表というのは、どうやらラジオだったらしい。前にその番組に出た時にVOCALOIDが話題に上がり、華音さんもやってます的なことを言ってしまったというのだ。それで、結局今度来るときに曲を持ってくるというコトになってしまったんだ。
       それなら、最初からそう言えばいいのに。しかし、ウソまでついて、そんなに注目されたいのかなあ。
      「おい!オマエ!いつまで掴んでんだよ!いてーなーいてーよ~。コリャ慰謝料だな。知ってる?オレのオヤジ弁護士だからさ。訴えるからな」
      「そ、そんな……オマエらのほうが先に……」
      「はあ?先になんだよ!楽しくおしゃべりしてただけだろーが!」
      「ハイ証拠~」
       いつの間にかボクが胸ぐらをつかむ姿がスマホで写されていた。
      「ハイ終了~おしまーい、ジ・エンドねー」
      「な、な、ちょっと、待てよ」
      「ばーか、待たねえよ。まずは退学だな」
      「フザ……」

       パシンッ

       ボクは思わず挑発にのって殴りかかりそうになっていた。すると、背後から平手が飛んできた。

      「最っ低ね!アンタたち」
       それは華音さんだった。
      「何すんだよ華音。オマエも退学になりたいのか?」
      「勝手になさい。アンタのお父様には直々に私の父から連絡してもらうわ」
      「ちっ」

       それで、連中が逃げるように帰ってしまうと、僕は、自然と華音さんと帰ることになった。



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      16.本当のリアル


      「……なんかゴメン。ありがとう」
      「ううん……私のためでしょ?アイツらにからんだの」
      「ん、ああ……聞いてたの?」
      「うん……」

       帰り道にはしばらく、沈黙がふたりの間をつつんだ。吐く息の白が、歩くふたりに絡まり、まとわりながら、薄れ、消えてゆく。ボクは遥か前を見ているようで見ていなかった。ただ、華音さんの呼吸を近くに感じていた。

      「あのさ……」 「あのね……」

       ボクらは同時に口を開いた。
      「ん?なに?」
      「さっきの聞いてたでしょ?でもさ私も最低。結局はタッチャンや奏ちゃんのコトを利用しようと思ってたんだもん私」
      「ふざけんなよな」
      「う、うん。ゴメンナサイ」
      「謝んなって言ってんだよ。なんだよ!利用ってサ!」
      「……ほんと……ゴメンナサイ……でも、謝るしかできない……」
      「それが違うって言ってんだよ。ボクら友達だろ?離れていたって、しばらく会わないでいたって、ずっと友達だろ?利用するとかされるとか、そんなんじゃなく、自分にできるのとがあれば、してやるのが友達じゃないのかよ!」
      「タッチャン……」
      「カナはいつも何も言わずに自分だけで抱えこもうとするからダメだって言ってんだよ。引っ越す時だって結局何も言わずじまいだったし」
      「ゴ、ゴメンナサイ」
      「だから謝んなってーの」
      「う、うん。ありがとう。やっぱタッチャン、昔から変わってないのね」
      「カ、カナだって、変わって無いんじゃないか。根っ子の部分ではさ」
      「わ、私は……どうかな……」

       歩いて行くと道は橋にさしかかった。川の向こうに落ちはじめた陽が、世界をオレンジに染めはじめた。そして、ボクは……いや、ふたりとも、つぎのひと言が見つからないでいた。

      「ねえ、本当のコトを教えてくれよ」

       橋の真ん中あたりでボクは立ち止まって言った。
       華音さんも立ちどまり、ふりかえった。
       弱々しく僕の方を見つめている瞳にオレンジが射しこむ。

      「嘘なんていらない。いつだってボクに、いやボクらに必要なのは真実だけなんだ」

       本当は友情だとか、信頼だとかは、わざわざ確認しあうもんじゃないのだろう。自分がどう思うか、どうしたいか、それだけなんだ。
       けれど、奏のためにも、いいや自分のために、本当のコトが知りたかった。

      「そう……よね」

       しかし……

      「えっ?」

       華音さんは無言のままボクに抱きついてきた。
       彼女の髪の毛が風に揺れ、ボクの手を撫でる。
       川向うのビルの影が足元まで伸びてくると
       華音さんがボクの背に腕を回した。
       彼女の体重を感じて、それを支えるようにボクも彼女の背に手をやった。
       するとフッとあたりが暗くなり、あっという間に夜が降りてきた。

      「本当よ。これが本当に本当の気持ち……いつも、うまくは言えないけれど……」

       ボクはなんて言っていいのか分からずにいた。するとその時、遠くから奏が近づいてくるのが見えた。
       なぜだろう?ボクはひどく気が動転して、隠れたい気持ちでいっぱいになってしまった。
      「分かってくれる?信じてくれる?私のこと」
       ボクの腕の中で華音さんがささやく。
      「あ、ああ……うん。もちろん信じるよ」
       ボクは華音さんの顔を見ようと肩を押した。華音さんの頬に涙がつたうのが見える。すると
      「ありがと」
       そう言って華音さんは駆け出していってしまった。

      「華音さん……」
       ボクはその後ろ姿に向かって、とどかないであろう声でつぶやいた。

      「本当の気持ち……ボクの本当の気持ちって何だろう?どこにあるのだろう?」



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      17.幸せな結末

       
      ”さあ、やってまいりました。東京ジェイスタイルのお時間です!
       お相手は私、DJヤマキヨこと山本響丞(やまもと きょうすけ)がお送りします!
       ヒアウィーゴー! ”

       週末、例のラジオが始まった。華音が出るというラジオ番組だ。

      「うひょー はじまるよ!はじまるね!ドキドキだね!」
       ボクは、いつもどおり我が家のようにやって来ていた奏とベッドの上に座って、いっしょにそれを聴いていた。
      「ね、間に合ったんでしょ?間に合ったんだよね?曲。タクくんの曲が流れるんだね!」
      「みんなで作ったんだろ」
      「う、うん。そうね……でも……」
       奏の言いたいことは分かっていた。たぶん、華音は『自分がひとりで作りました』って言うっていうのだろう。
      「それでもイイって決めたはずだろ?」
      「う、うん……」
      「まあ、メールはしておいたよ。直接渡せなかったから動画サイトにアップしておいた」

      ”さあ、本日のゲストは先月チラッと取材した読者モデルの蒼井華音ちゃんです。カノンちゃんこんにちわ”
      ”あ、こんにちわ”
      ”この間は取材協力ありがとう!今日もよろしくね!”
      ”あ、はい”

       さすがにラジオじゃあ、いつもどおりとはいかないらしい。華音さんもぎこちない。
       でも、どうやら、前に番組で取材した雑誌社にたまたま華音さんがいたということらしかった。その時話題になったのがVOCALOIDで、今度、番組でもとりあえげるって流れになった。そして、どこでどう間違えたのか華音さんはやってるってなって、じゃ、番組に出てよ!紹介するから!って言われて……たぶん、嘘だって言えなくて、断れなくなったんだろう。もしかしたら、いやたぶんきっとこの間の梨花みたいな、ライバルの足を引っ張るための嫌がらせだったのだろう。

      ”それじゃあ早速聴かせてもらおうかな?カノンちゃんの曲”
      ”こ、コレです……時間がなかったので……アレですが……”
      ”オーケーオーケー!読モの蒼井華音のボーカロイド曲、行ってみよう!タイトルは……『本当のリアル』”





       本当のリアル

       ねえ
       本当の声でボクに聴かせてよ
       愛を今君に とどけ!

       はじめての朝 はじめての道
       キミの声がして胸の奥がキュンってした
       いつからだったろう?
       すぐそばにいて歩き出したんだ
       明日より今日だけを見て

       昨日と変わらない同じような毎日
       つづいてくだけだなんて
       疑いもせずに

       本当に本当の気持ちだけとどけたい
       今、キミに伝えたいよ
       とどけ!今キミへ
       目の前じゃうまくは言えないけれど
       本当さ
       ただひとつだけ変わらないモノがココにはあるんだ
       キミがいてボクがいて
       季節はただ慌ただしくめぐるだけさ

       いくつめの春?いくつめの夏?
       何度目の雨?何度目かの虹見上げて
       なぜなんだろう?
       いつもそばにいて歩いてきたのに
       それぞれの空見上げて

       昨日からの距離を測るだけの毎日
       つづけてくだけだなんて
       出来やしないから

       本当に本当の自分なら譲れない
       今、キミに伝えたいよ
       とどけ!今キミへ
       少しずつでもほら明日は訪れる
       本当さ
       ただひとつだけ変わらないモノがココにはあるんだ
       キミがいてボクがいて
       季節はただ慌ただしくめぐるだけさ



      「いいじゃん……いい曲じゃん」
       奏がベッドの上で膝を抱えたまま言った。

      ”いいね!いいよ!”
       ラジオのDJも叫んだ。
      ”これ、カノンちゃんが作ったの?
      ”はい”
      ”スゴイじゃない。ひとりで?”

       横に座っていた奏がボクの袖をひっぱった。

      ”…………”

       ラジオの向こうで、部屋の中で沈黙が時を刻む。

      ”いいえ、私ひとりじゃ出来なかったので、友達とつくりました”



      「カナちゃーん!!!!」

       奏が抱きついてきた。

      「なんで泣いてんだよ」
      「だってー、だってー、なんか、カナちゃん帰ってきた気がしてさ。本当のカナちゃんがさ」
      「ああ、そうだな。でも、なんだかんだ疲れたーーーーもう、しばらくパソコン触りたくないや~~」
       ボクはそのままベッドにひっくり返った。
      「そね、じゃ踊る?仮面つけて!」
      「い、いや、それも……」

      ”ふ~んユニットかあ~イイネ!じゃあ、今度はみんなで遊びに来てよ!新曲作ってさ。ど?”
       するとDJがなんか言い出した。
      ”モッチロン!いつでもオーケー!”

      「って、おいおい。あんなこと言っちゃてるよカナちゃん。今回の件、反省してないのかな?」
      「いーじゃんいーじゃん、やっと明るそうな声になったしさ!次は『にゃあトロン』で行こう!」
      「い、いやあ、それだけは勘弁して~~~」

       こうして突然舞い込んだボカロ騒動は幕を閉じた……




       ……が、その時、部室のトーマくんの顔面液晶が光った。そこには文字が点滅し始めた。


      『TO BE CONTINUED……』



         完





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      作者からひとこと
      このお話はブログで展開する「ライトなラノベ」という性質上一本一本が短い章に分かれています。
      もし、続けて読みたい、という方は下記より御覧ください。

      最初から読む
      登場人物
      ●坂井拓人(さかいたくと)

       主人公、おとなし系だが芯はある?もとフォークソング部らしい。

      ●向井 奏(むかいかなで)

       拓人の幼なじみ、のほほん系おっちょこちょいだがストーカー?
       頼まれたら断れない人の良さが魅力。物怖じしないというか、図々しいところが……

      ●蒼井華音(あおいかのん)

       ハイパー女子高生。モデル活動もしており、学校内ではそれ系のスカした取り巻きといる高嶺の花的存在。
      今回の騒動の発端でもあり、VOCALOIDで曲を作らなければならない事情から、奏、拓人とボカロ部を結成。

      ●トーマくん

       謎のマスコット的存在。マスクを被りグローブをつけ、まったく動かない人形。マスクはDaft Punkというグループに憧れて……という設定?の第四のボカロ部部員。

      ●北田先生

       無理やり?押し付けられたボカロ部顧問の化学の先生。ただし、ボカロもしくは音楽を少し知っている感があるつかみ所のない先生。

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